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2013-05-13 (Mon)
昨日の母の日の前日は、自治会の草取りの日でした。

早めに洗濯を干していると、ご近所さんはいつもの車のお迎えがきてお出かけの様・・・

その方は、以前私も誘われていたある宗教団体に入ってある方です。

もしかして、自治会清掃をさぼり、そちらのほうへ??

草取りの場所に行くと、Wさんが「今日は、人がなんだか少なくない?」と言いました。

そう言われれば・・・確かに少ないようです。

今、どこのお宅も介護をやられていたり、諸事情があるようですが・・

それで、今日は思っていることを書きたいと思いました。

女性の好きなスピリチュアルについて、ある本にこう書かれていました。

私の考えていたこととドンピシャで溜飲が下がるようだったので、短くまとめてみました。

スピリチュアルに限らずなんでもそうなんですが、真剣になりすぎると、

実際怖~い感じになってくるじゃないですか。笑いを忘れ、余裕がなくなってくる。

でも、ほんとはある程度のゆるさとか、遊びがあるところに、その世界の醍醐味が

あるというか、エッセンシャルな部分が存在すると思うんですね。

中略

すべてのことは「手放す」のが大切で、「手放す」のと「あきらめる」のでは大きな違いが

あるのだということも教わりました。

だから思わずはまり、真剣みを帯びてくることこそ、「な~んちゃって感覚」が大切なんですね。

何事も、過ぎたるは及ばざるが如し・・・

スピリチュアルも、やりすぎてつらくなるなら、やらないほうがマシではないですか。

精神主義で生きるため、どうしても「こうあらねば」とか、「こうあるべき」になってしまうと、

制約が多くなりすぎて、自由じゃなくなる。なのに、無理やりそれを遂行しようとすると、

無理が出てくる。俗世では生きづらくなってしまうんです。頭でばかり考えすぎて、また同じような

マイナスのスパイラルにはまってしまう。または、自分の世界を狭めてしまう。すると、せっかく

いいものなのに、精神世界がなんだか不幸な人のためのもの、みたいになってしまうのです。

これでは、地球の明るい未来も進歩的な社会も、あったもんじゃありません。

エゴをなくし、みんなのため、地球環境のために尽くすのはいいことですが、身を粉にして、

個人的な楽しみをまったくなくしてまで、つまり本人がぼろぼろになるまでするのは、

特別な人にしか無理でしょう。

私たち程度の俗人は、俗にいてこそ、俗で楽しんでこそ、幸せなのです。

いくら精神世界に傾倒したとしても、それを忘れちゃいけません。

だから、「な~んちゃって」ぐらいがちょうどいいんですよ。

話しても、シャレになる程度のスピリチュアル。

こう書いてありました。なにごとも「ほどほど」ですね~!

「ほどほど」のススメ (中経の文庫)「ほどほど」のススメ (中経の文庫)
(2009/10/25)
横森 理香

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↑の本から引用させていただきました。

















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